G&Bレポート

進み出す「バイオ炭」 J‐クレジットと連携し農地の炭素貯留、環境保全型農業の促進へ(2022.10.1)

 バイオマス活用推進基本計画(第3次)が9月6日、閣議決定された。カーボンニュートラルの実現に向けた取組の中では、「バイオ炭」が挙げられた。農林水産省は脱炭素推進の中でCO2の回収や有効利用、貯留に力を入れる考えで、もみ殻、剪定枝、竹等由来のバイオ炭を農地に施用することで炭素貯留の取組を推進する。また、農地に還元・施用することによる炭素の貯留効果に関する研究を更に推し進めるとした。先に、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにすると発表、農林水産分野は2030年度の排出削減目標を2013年度比、マイナス3.5%に設定。その中で、850万トンを炭素貯留で減らすとしている。こういった政策動向の中、(一社)日本クルベジ協会の小澤氏、関西産業㈱の轟氏より情報提供の協力をいただき、国内外での動きや課題を追った。

(もみ殻バイオ炭:日本クルベジ協会提供)

 農林水産省のホームページ情報によると、バイオ炭には、木炭や竹炭などが該当し、具体的な定義としては、「燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」であるとされている。バイオ炭の原料となる木材や竹等に含まれる炭素は、そのままにしておくと微生物の活動等により分解され、CO2として大気中に放出されるが、木材や竹などを炭化し、バイオ炭として土壌に施用することで、その炭素を土壌に閉じ込め(炭素貯留)、大気中への放出を減らすことができる。
 農地へのバイオ炭の施用は、2019年度より国際的な排出・吸収量報告(温室効果ガスインベントリ報告)における温室効果ガスを吸収する取組の1項目として認められた。また、2020年9月30日には、温室効果ガスの排出削減・吸収量をクレジットとして認証し、そのクレジットを売買することができるJ-クレジット制度の対象としても認められた。
 また、バイオ炭は、土壌への炭素貯留効果とともに土壌の透水性を改善する効果が認められている土壌改良資材でもある。一般的にバイオ炭はアルカリ性(pH8~10程度)で、その施用により、酸性土壌のpHを調節する効果がある。但し、過剰に施用した場合、土壌のpHが上昇し、作物の生育に悪影響が生じる可能性があるとのことだ。
 土壌のpHに関し、日本クルベジ協会の小澤氏は「使用に際しては、まず、アルカリを嫌う植物であるかどうかを事前に調べることをお勧めします。実際の場面では土壌ごと、作物種ごとに、炭の適正な使用量は異なりますので、農協や地元役場の技師、バイオ炭を推進する団体等に尋ねて、ケースバイケースでのアドバイスを得ることが重要です」と語る。
 
 8月31日~9月2日、幕張メッセでは秋のスマートエネルギーWeekが開催され、その中のバイオマス展では、「バイオ炭の農地施用による二酸化炭素削減」と題したセミナーが、関西産業㈱(滋賀県彦根市)の轟氏より行われた。
 同社は、大地から取れた物を大地に返す、自然の摂理を前提に技術革新を行うという基本理念のもと、循環型社会の形成と地球環境の改善に向け、未利用バイオマス資源の利活用を軸に、炭化装置をはじめとした乾燥、粉砕、エネルギー等のプラントを通じ、地域循環型社会の実現に向け、取り組んでいる企業だ。                                                (詳しくは、→http://www.kansai-sangyo.co.jp/)

(バイオマス展セミナー資料より:関西産業提供)

 バイオ炭での炭素固定の基本メカニズムは上の図に示される。植物を炭にして土壌に施用することで、分解を防ぎ、吸収したCO2を大気に戻すことなく、地中に埋めることができる。「埋めることで、本来であれば大気に放出されるはずであったCO2が削減されます。CO2の削減量は貯留した炭素の量から製炭時に使用したエネルギーや原料や炭の運搬により排出されたものを差し引いたものが炭素貯留量となります」(轟氏)

 世界的な動向については、2015年フランスで開催されたCOP21の「4/1000イニシアチブ」によって、世界の土壌の表層30~40㎝の炭素量を年間0.4%増加させれば、人間の経済活動によって増加する大気中のCO2を実質ゼロにすることができると発表された。2018年、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)で初めてバイオ炭が CDR (CO2除去技術)として明記され、科学的効果を認定した。バイオ炭の利活用を促す組織については、米国、EU、アジアでは日本の他、中国やオーストラリア、ブラジルなどで進んでおり、利活用の国際ネットワークInternational Biochar Initiative、アジア太平洋バイオチャー会議において、研究、教育、普及、品質管理などが議論されている。
 また、バイオ炭に限定した動きではないが、EUでは農業における炭素吸収源の増加と保護に向けた、Carbon Farming(炭素貯留農業)の考え方がEU委員会により2021年12月に打ち出され、規制や法制化及び事業の検討が進んでいる。

参考情報→https://climate.ec.europa.eu/eu-action/forests-and-agriculture/sustainable-carbon-cycles/carbon-farming_en 及びhttps://www.basf.com/global/en/media/news-releases/2021/12/p-21-397.html

追加情報(農林水産省は2023年3月、Carbon Farmingに関する調査報告書を発表した)https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokkyo/attach/pdf/platform-172.pdf

(バイオマス展セミナー資料より:関西産業提供)

 冒頭では、バイオ炭の政策等における炭素貯留の位置づけに触れたが、日本国内ではバイオ炭は、土壌の透水性を改善する効果がある土壌改良資材として長く使われてきた。土壌の保水性や 透水性の向上、中和作用、水質の浄化といった土壌改良効果をもち、化学肥料などを用いることなく、作物の収穫量を増やすことができる。
 「こういった利点があることから、環境保全型農業直接支払交付金制度では「炭の投入」を地域特認の取組とする自治体が増えてきました。この取組では、10アール当たり 500 L または 50 ㎏ 以上施用の基準を満たすことで、10アール当たり5000 円が支払われており、9府県で導入されています」(小澤氏)
 IPCCで効果を認められたことを契機に、国内でも検討が進み、J‐クレジット制度に 「バイオ炭の農地施用」が追加された。国家主導のクレジット制度としては、世界初であり、バイオ炭を農地に施用したことでのCO2削減をクレジットとして売買することが可能になった。2021年の農林水産省の「みどりの食料システム戦略」でバイオ炭の農地施用の推進が明記され、温室効果ガス削減に向けた技術革新として、2030 年以降に取り組む技術として位置づけられた。

 バイオ炭が、J‐クレジット制度として認められたことにより、日本バイオ炭普及協会と一般社団法人日本クルベジ協会は主軸となって下記の構図の役割の中で運用、促進を行っている。

(バイオ炭とJ‐クレジットの流れ:日本バイオ炭普及会ホームページより)

 まず、J‐クレジット制度については、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度である。制度を活用した場合、地球温暖化対策への積極的な取組としてPR効果が期待できることに加え、クレジットを温室効果ガスを排出する側の大企業等へ売却することで、売却益を得ることができる。具体的には①農地への「バイオ炭」施用②ボイラーや照明設備といった省エネルギー設備の導入③太陽光などの再生可能エネルギー設備の導入④植林・間伐などの適切な森林管理が対象となる。(詳しくは、→https://japancredit.go.jp/about/outline/)

 古くから日本の農業の中で、もみ殻くん炭の利用は炭化技術の改良とあいまって、民間技術として維持されてきたが、その効果に関する研究は遅れていたという。石油の普及により、木炭の消費が急激に減少し、生産者が窮地に陥ったことを契機に1970年代から木炭・木酢液の用途開発が唱道され始めた。有機農業の普及に対応して、1990 年代には日本における炭の農業利用技術がほぼ完成し、その普及が図られてきた。
 日本バイオ炭普及会(大阪府茨城市)は、そういった流れを汲み、日本を含むアジア諸国の独自の農業技術を再評価し、広く農業生産や環境の修復・保全に役立てるため、2009年に創設された。下記等が主な活動目標だ。
1)標準化基準の作成:炭・酢液等の炭化物の製造と利活用に関わる知見をまとめ、炭化物の用途ごとの性状・規格、製造方法、原料に至る一貫した体系的基準を作成する。
2)LC-CO2に関する調査研究:炭化物を燃料用途以外の物理的用途に用いることで、長期間炭素が不活性化されることを実証するため、カーボンシンク機能を評価するLC-CO2 またはLC-GHGに関する調査研究を行う。
3)国際的連携の推進:従来、日本の知見を流布してきたアジア、オーストラリア、ブラジルなどを対象として、より緊密な連携を図り、アジア発の「バイオ炭」を国際世界に広める運動を展開する。
4)認証制度の確立と認証機構の設立:国際的にも通用する、バイオ炭の利用によるGHG削減効果認証制度の創設・確立を目指す。更に、バイオ炭を使った土地等で生産された農産物等の認証を行う機構の設立を目指す。  (詳しくは、→https://biochar.jp/)

 日本クルベジ協会(大阪府茨城市)は、2015年に創設され、「クルベジ」の普及を進めている。この「クルベジ」とは、COOL(地球を冷やす)VEGE(野菜を)TABLE(食卓で)という考え方で、日本クルベジ協会が温室効果ガス削減につながる取り組みとして独自に定めた基準であり、バイオ炭を施用し生産された作物を指す。同協会が運営管理するJ-クレジットプロジェクトでは、バイオ炭は日本バイオ炭普及協会で品質認証を受けたものを使用することとしている。同協会が、今年1月取り組み農家向けに募集した第一回バイオ炭J‐クレジット申請は全国37の団体個人が応募し、2022年6月30日、247t-CO2がクレジット認証された。第2回プログラムも募集中で拡大の見込みだ。クレジットの販売には丸紅㈱が名乗りを上げて普及、推進を行っている。「バイオ炭普及の取組は、農林水産省も本腰を入れ始めました。農家や農業法人、消費者、販売流通事業者への総合的な発信に向けて、連携体制を構築して進めていきたいと考えています」と小澤氏は語る。(詳しくは、→https://coolvege.com/)

 バイオ炭は生産した作物を「地球環境に配慮した農産物」として、普及していくためにも期待は高い。一方で農家や農業法人が利用の取り組みを進めていくにはメリットだけではなく、使い方やコスト、作業負担を理解することがまずは、鍵となる。今後の動向に注目していきたい。

 

2022-09-28 | Posted in G&Bレポート |