G&Bレポート

埼玉県西部地域の平地林管理と農業の共生「武蔵野の落ち葉堆肥農法」世界農業遺産に認定。(2023.8.30)

 農林水産省は7月10日、2021年10月、国連食糧農業機関(FAO)に世界農業遺産への認定申請を行った兵庫県兵庫美方(みかた)地域の「但馬牛システム」と埼玉県武蔵野の落ち葉堆肥農法が認定されたと発表した。「但馬牛システム」では但馬牛の子牛の生産地として、日本初の牛の血統登録「牛籍簿」を整備し、和牛改良の先駆けとなった。放牧や棚田の畔草の給餌等により農村環境や生物多様性を保全する持続可能なシステムが継承されている。また後者は、埼玉県県西部地域の自治体を中心とする合同組織体によるもので、関東地方では初の認定となり、この結果、日本の世界農業遺産の認定地域は15地域になった。今回認定の2地域の中で、都心に近い武蔵野地域でどういった農業が継承されているのか、評価されたのか、武蔵野の落ち葉堆肥農法世界農業遺産推進協議会事務局に情報提供いただくことができた。この推進協議会は埼玉県の川越市、所沢市、ふじみ野市、三芳町、埼玉県川越農林振興センター、いるま野農業協同組合で構成されている。

落ち葉を集める様子(推進協議会ホームページより)

 武蔵野の落ち葉堆肥農法とは、火山灰土に厚く覆われ痩せた土地に、江戸時代から木々を植えて平地林を育て、落ち葉を集めて堆肥として畑に入れ、土壌改良を行うことで安定的な生産を実現し、その結果として景観や生物多様性を育む農業だ。300年以上の歴史の中で、このシステムが今もなお継承されている。
 この地域は、江戸の急速な人口増加に伴う食糧不足を背景に、川越藩が1654年から行った開拓に端を発している。水が乏しい台地のうえに、火山灰土のため栄養分が少なく表土が風に飛ばされやすいという、農業を行うには非常に厳しい自然条件を克服するため、見渡す限りの草原に木々を植えて平地に林を作り出し、落ち葉の堆肥利用、土壌飛散防止など複数の機能を持たせた、優れた農村計画による開発が行われた。この歴史的価値を有する平地林などの土地利用は現在まで受け継がれ、今も落ち葉堆肥を活用した持続的な農業が続けられている。
 また、管理された平地林はオオタカの繁殖地となっているほか、シュンランやキンランなどの希少植物にも良好な生育環境を提供している。

(推進協議会ホームページより)

 話を進めていく前に、「世界農業遺産」について確認しておく。知名度の高い世界遺産は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が、文化や歴史を残す景観や自然環境を、後世に伝えるため、普遍的な価値を持つ物件として保護を指定したものだ。
 世界農業遺産(GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage Systems)は、この農業版といえるが、農林水産省のホームページによると、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり継承されてきた独自性のある伝統的な農林水産業と、それに密接に関わって育まれた文化、ランドスケープ及びシースケープ、農業生物多様性などが相互に関連して一体となった、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域(農林水産業システム)である。FAOにより認定され、2023年7月現在で、世界で24ヶ国78地域、日本では今回の2地域を含め、15地域が認定されている。
 世界農業遺産が生まれた理由として、農業の大規模化や農薬・化学肥料の多投入が、自然環境を破壊していったという背景がある。FAOが新たな道として2002年の地球サミットで提唱し、大規模・効率化だけでは循環型の自然共生農業の存続・発展は難しいという考え方のもと、地域の、地域による、地域のための多様で小さな農業を生き続ける遺産として認定するに至った。
 世界農業遺産認定は、世界的な重要性、申請地域の特徴について、FAOが定める5つの認定基準及び保全計画に基づき評価される。
1)食料及び生計の保障
2)農業生物多様性
3)地域の伝統的な知識システム
4)文化、価値観及び社会組織
5)ランドスケープ及びシースケープの特徴
 また、申請地域は、農林水産業システムを動的に保全するための保全計画を作成することも基準となっている。
 世界農業遺産と並び、同様の考え方に基づく日本農業遺産も農林水産省により運営されている。申請地域は、日本における重要性、申請地域の特徴、世界農業遺産の5つの認定基準に、日本が独自に定めた3つの基準を加えた8つの認定基準)及び保全計画に基づき評価され、農林水産大臣により認定される。
詳しくは、→https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/index.html

農林水産省ホームページより

 武蔵野の落ち葉堆肥農法の世界農業遺産認定にあたっては、10年に近い年月を要している。2014年に自治体単独での申請を行ったが、選に上がらず、2016年、県西部自治体などを中心に、伝統的農法の継続を推進し多様な生態系の維持及び地域産業や観光等の振興を図るため、武蔵野の落ち葉堆肥農法世界農業遺産推進協議会を結成し、世界農業遺産承認及び日本農業遺産への認定申請、2017年、日本農業遺産に認定となった。2018年、世界農業遺産承認申請するが落選。2020年、世界農業遺産承認申請、農林水産省より世界農業遺産認定申請に係る承認を得て、2021年、農林水産省からFAOへ世界農業遺産認定申請書を提出。今年6月、FAOによる現地調査が行われ、7月に世界農業遺産に認定となった。
 「300年以上続く当武蔵野地域の「落ち葉堆肥農法」がこのような形で世界的な評価をいただき、大変嬉しく感じております。大都市近郊でありながら、現在も続くこのシステム並びに景観は、名実ともに遺産として認定されたことを受け、次の世代へ残すべく引き続き尽力してまいりたいと考えております」と推進協議会会長、三芳町町長の林伊佐雄氏は発信した。

推進協議会ホームページより

 さて、落ち葉は、どこにもありそうなものと思うかもしれないが、落ち葉堆肥農法においては、落ち葉を生み出し続ける森林管理手法が創出されてきた。
 「本地域において堆肥化する落ち葉については、自然の森林から採取するのではなく、農地と一体的に配置された農業者が管理する林業的側面も有する平地林から採取しています。本地域の平地林では、アカマツを交えつつも萌芽更新が可能となるひこばえ(萌芽枝)を出す力の強いクヌギやコナラなどの落葉広葉樹が中心樹種になっています」(推進協議会事務局)
 多くの広葉樹は、幹を切ると切り株からたくさんの芽が伸びだしてくる。こういった萌芽を育て、雑木林の若返りを図ることを萌芽更新と呼ぶ。 かつては薪や炭に利用される細い材をたくさん生産するのに適しているため、里山管理の手法として多く行われてきた。
「農業者は、平地林を伐採して萌芽更新を行い、クヌギ・コナラを中心とした落葉樹林を維持してきました。なお、下草刈り、落ち葉掃き、伐採などを止めれば、やがて本地域の平地林は潜在植生である常緑広葉樹林のタブノキ・カシなどの常緑樹の森林へと遷移をしてしまいます。そのため、クヌギやコナラなどの落葉広葉樹が中心樹種となっております」(推進協議会事務局)
 通常の森林の遷移においては、陽樹~陰樹の流れの中で陰樹林となり落ち葉は発生しなくなるのである。
 
 落ち葉堆肥農法については、これまで海外からの視察等も数多く入り、また実践も行われている。  
 1995年、世界地理学連合(IGU)の「持続的農村システムに関するつくば国際会議」のエクスカーションとして、日本や欧米、マレーシア、韓国、インドなど25か国46人の農業・農村地理学の研究者が、本地域の知識システム研究のため、本地域を視察。2014年、JICAの取組の1つとして、環境と経済が調和した村落開発を推進するセネガルの国家エコビレッジ庁長官が本システムと農産物の6次産業化を視察。2017年、東京大学・ニューメキシコ大学・アメリカ農家が合同で現地視察を行った。
 2019年、JICAの取組として、アフリカ各国の農政に携わる行政官が、アフリカ地域小規模農家のためのアグリビジネス振興を目的に本地域を視察。この他、アジアにおいても韓国から本農法によるサツマイモの作り方の研修、中国北京大学から都市化と農業との土地利用の在り方について視察が行われた。

 また、南米のチリではこの農法が実践されている。
 「実践の実績としては日本国際協力機構(JICA)による南米チリのサンペドロ村における半乾燥地の治山緑化計画が挙げられます。本地域の平地林の育成と村づくりを参考にして実践が行われ、砂漠化防止に成果を上げました。具体的には土地利用デザインにおいて、道に近いところに住居を建て、奥に向かって農業を行う点、防風林造成として尾根筋の防風林帯を造成する点、植林と農業経営を組み合わせる点が計画に生かされました」(推進協議会事務局)

 農業は、人口増問題、気候変動問題、自然保護、生態系の維持などの問題、またとりわけ日本においては、食料自給率や農業従事者の減少なども含め大きな岐路に立っている。食料・農業・農村基本法の検証・見直しも進む中、農林水産省が推進する、みどりの食料システム戦略や国内肥料資源推進と連携した、今後の取り組みに注目したい。

 

2023-08-28 | Posted in G&Bレポート |