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日本型・資源作物の可能性 ~ アグリデザイン研究所 エリアンサスを栽培し、 脱炭素、食料生産連携で事業化に挑む (2020.10.26)
国連世界食糧計画(WFP)が2020年ノーベル平和賞を受賞した。WFPは、世界中の危険でアクセス困難な状況において数百万人の人々に食糧支援を提供しており、今回の受賞においては、飢餓との闘い、紛争地域における和平条件への貢献努力などが認められた。気候変動の衝撃と経済危機によって、さらに今年の新型コロナウイルスの影響により、悪化は拡大する見込みだ。このような状況を回避するには、気候・社会経済的に脆弱な地域の食生活を支える農業研究も必要である。
経済産業省では、2019年からFIT制度バイオマス発電のあり方、見直しを議論中だ。現在、開催は7回を数えるが、8月に開催された第6回 総合資源エネルギー調査会のバイオマス持続可能性ワーキンググループでは、食料との競合、GHG排出量の観点で集中議論され、バイオマス燃料は非可食種の選定の方向性が示された。GHG排出量に関しては、EUのRED2、経産省のエネルギー供給構造高度化法、環境省の再エネLCAガイドラインなどを参考に計算式や基準値の設定を今後進めるとされた。https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/shin_energy/biomass_sus_wg/index.html
一般社団法人アグリデザイン研究所(東京都渋谷区)の主催により、9月17日、「資源作物によるカーボンマイナスシンポジウム2020」~withコロナ期における食料とエネルギーの同時的生産とカーボンマイナスへの道筋~と題したシンポジウムが、ギンザシックスで開催された。
同研究所は、地域のポテンシャルを活かした新しい農業をデザインすることで、たくましい地域社会を実現することを目的として、2017年に設立された。持続可能で豊かな地域づくりに貢献するという理念のもと、「エリアンサス」を中心にバイオマス資源作物や新規作物の研究と情報発信を通して、地域の課題解決を目指している。活動の柱は次のような内容だ。
●「エリアンサス」など地域活性化の新規有用作物の導入とその事業モデル構築支援
●不耕作地の有効活用とそのための各種調査・研究活動
●新規有用作物の利用技術の開発と市場開拓
●資源・飼料作物等の品種開発、種苗の増殖及び普及
●人材育成の為の技術指導、研究会、講習、書籍の発行等
つくば試験地の成長したエリアンサス(左)と苗(右)
エリアンサスとは、中東からインドが原産とされる多年生の超多収イネ科作物だ。4~5mの高さまで大きくなる。越冬できる気象条件であれば長期的な周年栽培が可能で国内では東北南部の低標高地から九州までの非積雪地で栽培ができる。同種は食糧生産と競合せず、収量が高く、低コストで栽培できる。食料生産が困難な不良環境で省力的に栽培できることからバイオマス資源作物として有望視されている。耕作放棄された土地を農地として維持するための管理耕作作物として、またバイオマス資源の計画的安定供給が可能な作物として、耐寒性の高い品種、様々なバイオマス利用に適する品種の開発が進められている。
アグリデザイン研究所の我有満理事は元農研機構プロジェクトリーダー。2002年閣議決定したバイオマス・ニッポン総合戦略の推進の中、日本における資源作物の選定、検討や開発に長く携わり、退職後、同研究所設立の中核となった。バイオマス事業へのエリアンサス活用推進を軸に品種開発を進めている。
「農研機構時代に、日本で実用化できる資源作物を検討した際に、世界の約300種を候補としましたが、食糧生産と競合しない、低コストで収量が多い、C4植物、多年生、半砂漠のようなところでも栽培ができ、有機物を土壌中に蓄積できるので農地転用が可能になる、CO2固定能が大きいという条件に合致した植物がエリアンサスでした。また、導入にあたり、環境省等が、種が飛ぶことによる雑草化、生態系への影響を懸念しましたが、この点に関しては議論を重ね、晩生で種子が成熟しない種を「栽培系エリアンサス」と定義し、栽培は「栽培系エリアンサス」のみで行うという整理がなされました。現在、想定される多様な利用目的(燃焼、発酵、畜産利用、マテリアル等)に適合する品種開発を「栽培系エリアンサス」の範囲内で行っています」(我有理事)
シンポジウムの基調講演では、サトウキビコンサルタント杉本明氏(元農研機構研究部長)は、食料生産とエネルギー生産の「競合回避」という課題があるが、我々が目指す技術は、新たな作物の開発とその利用による一歩先の「適地適作」の実現により、世界的な視野での食料とエネルギーの「同時的増産」を実現しようとするものであると語った。不良環境条件に強いエリアンサスを作物化し、さらに遺伝的改良を加えて、作物生産には厳しい環境でもエネルギーを生産しながらの緑地前進を訴えた。
(資源作物によるカーボンマイナスシンポジウム2020の基調講演のプレゼンテーションより)
地球環境研究センター主席研究員山形博士は、「バイオマスCCSの可能性と限界」と題して、BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage:CO2の回収・貯留と組み合わせたバイオマスエネルギ-生産・利用)を展開するにあたり、生じうる土地と水の競合や生態系に対する影響評価について解説した。BECCSは、パリ協定の目標達成のためのオプションとみなされており、今後注目度を増していく技術と考えられる。しかし、この技術の実現可能性については、1)食料生産との土地競合、2)資源作物への灌漑による世界的な水分ストレスの悪化、3)森林地から資源作物栽培への転換による生態系の劣化という点において注意深く進める必要があると語った。
※BECCSは、下図右下のようにカーボンリサイクルの中のひとつにも位置付けられている。(資源エネルギー庁のホームページより)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_recycling.html
トークセッションでは、地域の先進事例として、茨城県神栖市と福島県大熊町におけるエリアンサス活用事業の進捗状況と課題が紹介された。神栖市では地域活性化を目的に2015年からエリアンサス栽培に取り組み、利用先を温室暖房の熱源或いは家畜の敷料と想定し、現在約1haで試験栽培を行い、採算性を検討している。大熊町では、2017年より資源作物を活用したバイオガス事業が検討され、その中で、エリアンサスの省力性や低コスト性などの有用性が示され、実証栽培を継続中だ。
(茨城県神栖市での大型農機による収穫)
資源作物については、エネルギー源や製品材料を主目的として栽培される植物として、世界レベルではトウモロコシ、さとうきび、テンサイ、キャッサバ、小麦、菜種、大豆、ココナッツ、アブラヤシ(パーム)、早生樹(ポプラ、ユーカリ)、草本系(スイートソルガム、ネピアグラス、ミスカンサスなど)、微細藻類などがあるが、前述の山形博士の講演でもあったように食料生産との競合、森林地の転換による生態系の劣化については、国際議論が活発になっている。2019年に発表された、EUの再生可能エネルギー指令(RED2)は、パーム油の原料となるインドネシアやマレーシアなどのアブラヤシ栽培は過度の森林破壊をもたらすとし、輸送用燃料への使用を2030年までに段階的に禁止するとした。米国のトウモロコシやブラジルのサトウキビの燃料利用、ドイツのトウモロコシのバイオガス発電利用などもよく知られるが、国の食料自給量確保のための農業振興、農家支援、また経済対策という国家政策となっており、政治や国の台所事情が深く絡む。日本ではバイオマス・ニッポン総合戦略の閣議決定以降に多収品種の開発、低コスト生産、効率的な糖化や発酵技術開発などが検討されたが、気候変動の進展、耕作放棄地の増加など当時と情勢は変化してきている。
エリアンサスは、地上部、地下部共にリグニンを25%程度、木本と同等レベル含むという特徴があるという。地下部は太いひげ根をもち、3m以上にもなり、高い炭素固定能力や保水能力をもち、土壌浄化作用ももつことも実証されているという。「今後は、遊休地や耕作放棄地活用を基本的なスタンスとして、カーボン固定、熱利用、バイオガス発電などを組み合わせた、自治体規模の事業モデルをつくりたいと考えています。現時点では、FITや農業助成の対象にはなっていませんが、農業振興、温暖化対策の観点で、省庁や自治体との協議も進めていきたいですね」(我有理事)
菅首相は、10月26日の所信表明演説において、日本の2050年CO2排出実質ゼロに向けた目標を掲げた。こういった動きを背景に、同研究所の日本型ともいえる資源作物による事業創出がどう展開していくか注目だ。