G&Bレポート,海洋の持続可能性
海洋が創出する新たなエネルギー 長崎海洋産業クラスター形成推進協議会~潮流発電実用化推進 山口大学ブルーエナジーセンター~塩分濃度差発電 (2021.10.16)
2021年10月5日、今年のノーベル物理学賞にアメリカ・プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎氏が選ばれた。真鍋氏は地球温暖化研究の先駆的存在で、CO2濃度の上昇が大気や海洋に及ぼす影響を世界に先駆けて研究し、現代の地球温暖化予測の枠組みを築いたことが評価された。地球の約7割以上を占める海洋は、地球温暖化の進行において深く関与しているが、極めて大きなエネルギーを持っていることも事実だ。
スマートエネルギーWeekが2021年9月29日から10月1日、東京ビッグサイト青海展示場で開催された。風力分野では、洋上風力発電の展示が活況を呈していた。洋上風力は欧州を中心に急速に拡大しており、広大な国土を持たず、海に囲まれた日本においては、洋上風力は切り札ともいえる。「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」において促進の対象となり、発電設備導入に向けたインセンティブとともに、発電にかかるコストの低減が導入の追い風となっている。そういった中で、海洋環境が作り出す、洋上風力に続く新たなエネルギーも進み始めている。太陽光発電や風力発電などは持続可能な循環型社会の構築に必要不可欠であるが、稼働率、設置場所が限定されるなどの問題点が指摘されている。海洋環境が作り出す新たなエネルギーは、この問題点の補完や水素エネルギーとの連携が可能な分野もある。海洋環境における発電では、洋上風力の他に、潮流、波力、潮汐力、海水塩分濃度差、海水温度差などによる発電が挙げられるが、実証事業、事業化研究などが動きだしている。スマートエネルギーWeekの展示などの中から流れを追った。
■長崎海洋産業クラスター形成推進協議会~潮流発電技術実用化事業等の推進
長崎県は、広大な海域と多くの島嶼を有し、海洋エネルギーに関して、大きなポテンシャルを有しており、基幹産業である造船業とエネルギー産業の技術力を活かした海洋エネルギー関連事業の導入が期待されている。同協議会は、産学官の連携のもと、海洋関連市場への参入をめざす長崎県内企業を支援・育成することにより、長崎県域を核とする海洋産業クラスターの形成を図り、地域産業の振興及び雇用の創造に向けて設立された。
ブースでは、潮流発電などの委託実証事業、海洋統合環境無人観測プラットフォーム、海洋エネルギー実証フィールドに関する事業、今後日本で必要とされる海洋開発技術者育成活動の長崎海洋アカデミーなどが紹介された。
●環境省の潮流発電技術実用化事業の推進
環境省の「平成31年度大規模潜在エネルギー源を活用した低炭素技術実用化推進事業のうち潮流発電技術実用化推進事業」において、九電みらいエナジーと同協議会はコンソーシアムを構成し事業者に選定された。2021年1月中旬に長崎県五島市の奈留瀬戸沖水深約40m地点に設置した発電機は大潮時には、定格出力の500KWを発電している。実証事業を継続中だ。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/tidalcurrent_pg/index.html
潮流発電は、潮流の運動エネルギーを利用し、一般的には水車によって回転エネルギーに変換して発電する方式だ。潮流は、月と太陽の引力で生じる周期的な変動である「潮汐」によって起こる水平方向の流れであり、潮の干満によって規則的に流れるため、発電に利用する場合には予測が可能であり、信頼性の高いエネルギー源となる。「流速に対する地形の影響が大きいですが、海峡や水道など流路の幅が狭い地点では流速が速くなります。日本国内で考えると西日本の方が、そういった地形が多く、潮流発電においては向いているといえるでしょう」(同協議会 松尾氏)
今回の実証事業は、欧州において潮流発電の豊富な運転実績を持つ英国のSIMEC ATLANTIS ENERGY 社等の知見を最大限に活用し、日本の気象や海域に適した潮流発電システムの早期実用化を目指している。
●海洋エネルギー実証フィールドに関する事業や調査事業
海洋エネルギー開発の先駆的な機関である、英国スコットランドにある「欧州海洋エネルギーセンター(EMEC)」をモデルとした「実証フィールド」の国内整備を推進することが決定され、長崎版「EMEC」の実現に向けて進みだしている。
フローティング・ライダー
海洋機器開発に不可欠な海域試験のための実証フィールドを地元漁業組合と協力のもと、指定、諸手続き等に関するサービスを提供している。また、長崎県内の地場産業企業と共同でフローティング・ライダー(海洋統合環境無人観測プラットフォーム)を開発、洋上発電の開発を先行的に進める有望区域に選定された青森県むつ小川原で稼働、データ取得中だ。
洋上風力発電の促進を目的に整備した政策、インフラが潮流発電に転用できる可能性もあり、今後の動きに注目したい。
■山口大学ブルーエナジーセンター~塩分濃度差エネルギーの技術開発
水素・燃料電池展の山口県パビリオンの中に、海洋エネルギーの塩分濃度差エネルギー(Salinity Gradient Energy : SGE)、逆電気透析(RED)技術による濃度差発電・水素製造システムが紹介された。山口大学は、学内にブルーエナジーセンターを2018年に設立し、新技術の開発に取り組んでいる。「海水と淡水からエネルギーを生み出すということでブルーエナジーという言葉を使用しています。潮流発電、洋上風力なども含む概念かもしれませんが、ブルーエナジーセンターはBlue Energy center for SGE Technology (BEST)としており、塩分濃度差エネルギー技術(SGE)を主に行うセンターです」(比嘉所長)
例えば淡水1㎥海水1㎥を混ぜた時に、得られうる電力の最大ポテンシャルは約500Whになるという。これは水素量に換算すると約140ℓ分になり、水素で走る燃料電池車が約1.5km走れる計算になる。同センターでは、河川と海水の合流部、海岸域に設置されている下水処理場の処理水放流部などの様々な場所で、現在無駄に捨てられているSGEを有効活用し、電気やCO2フリー燃料の製造に利用する新たな試みに挑戦し、社会実装に貢献する考えだ。
SGE変換技術の原理は、上図のようなものだ。分離膜を利用したSGE変換には主に半透膜を利用した浸透圧発電(Pressure Retarded Osmosis:PRO)とイオン交換膜を利用した逆電気透析(ReverseElectro Dialysis:RED)発電の2種類がある。海水濃度レベルではPROよりも優位性が高いとの報告が行われているRED発電に焦点を絞ると、陽イオンだけを通す陽イオン交換膜(CEM)と陰イオンだけを通す陰イオン交換膜を2つの電極の間に交互に配置した装置をスタックと呼び、その間に海水などの高濃度塩水と河川水などの低濃度塩水を交互に通す。すると膜のイオン選択性により、陽イオンはこの図の右側に、陰イオンは左側に拡散するので、そのイオンの移動が2つの電極により電流に変換されるのがRED 発電の原理だ。
欧米とは異なり日本は岩塩などの塩資源に恵まれていないため古代より海水から塩を作ってきた。特に瀬戸内海地方では多くの塩田があったが、1972年頃からイオン交換膜を用いた製塩が行われ、山口県は歴史的に製塩や塩を原料とするソーダ工業が盛んだった。そのため山口大学工学部にはこの分野に関連した研究を行う教員が多く、このような背景から電気化学・電極、膜工学・化学工学、水処理・浄化技術、生物工学、材料科学の教員が集結して、2018 年7月にブルーエナジーセンターの設立に至った。また、福岡市や沖縄県北谷町の海水淡水化センター及び周南市徳山東部浄化センターにおいて実際の海水、濃縮海水、下水処理水や表流水を用いたSGE技術の実証化研究を行っている。
「これらの研究開発活動や幅広い分野の技術を組み合わせることでSGE 技術の実用化を目指し、またこれらの技術を基に多量の電気や水素の安定供給、浄水・排水処理や医療用デバイスの開発を行うことがこのセンターの目標です」(比嘉所長)今後の動きに注目である。
■佐賀大学海洋エネルギー研究センター
同センターは、展示会出展はなかったが、佐賀大学内の海洋エネルギーの研究施設。海洋温度差発電 (OTEC)、波力発電および得られた電力で水を電気分解し発生させた水素を活用する水素エネルギーを中心に研究・開発を行っている。2002年に現在の組織名称となった。また海洋エネルギーに関連する全国の研究者及び学協会等の要望に対応して、海洋エネルギーに関する日本唯一の共同利用・共同拠点となっている。また、同センターでは、2021年9月9日に第18回海洋エネルギーシンポジウム(OES2021)がオンライン開催された。
https://www.ioes.saga-u.ac.jp/jp/
海洋との長い歴史、深い関わりをもつ自治体、大学などを軸に進む海洋エネルギー開発、そして地域産業との連携が始まっている。脱炭素に向けた、水素エネルギー開発と連携する分野もあり、今後の動きに注目だ。